『À Table!〜歴史のレシピを作ってたべる〜』を観てサメのステーキを作った
ふとSNSで『À Table!〜歴史のレシピを作ってたべる〜』が面白いという投稿が流れてきた。
料理と世界史が好きな私にとって観ない理由がなかった。とはいえ観る方法がない...と嘆いていたそんな矢先、Amazonプライムビデオでの配信を知り、心の中で大きめのガッツポーズをした。
「歴史上の人物が食べていた料理を現代風に再現する」をコンセプトに、1話1人物にフォーカスを当て、その人物にまつわる豆知識を交えながら、夫婦で料理を作るシーンが描かれている。勉強になるし、何よりどの料理も美味しそうだ。
料理シーンはもちろんのこと、買い出し中や食事中に繰り広げられる2人の会話もツボに刺さり、グッとくるボタンがあったら、連打していた。
料理に合うワインを交互に選ぶというのも、これまたグッとくる。ギリシャ料理ならギリシャワイン、イタリアの人物ならイタリアワインといったように、今日はこのワインを買いました!とプレゼンをし、これ美味しいねと言い合う時間が尊い。
今日はちょうど3話のソクラテスの回を観ていた。「トロネ風サメのステーキ」を作るシーンを観終えたところで、ちょうどスーパーへ買い物に行くタスクを思い出した。
そして運命の出会いは起きた。そう、魚売り場に「もうかさめ」という初めてお目にかかる5文字が視界に入ってきた。さめ...サメ...じゃん!!と脳内変換され、これはもう再現するしかないと反射的にそう思った。
材料はクミンと塩とオリーブオイルだったので、幸い家にある材料で作れそうだ。本当はミントや赤ワインビネガー、魚醤も必要らしかったが、まずはあるもので作ろうと思った。
初めてのサメ。30歳にして映えあるサメデビューを果たした。
サメを一口大にカットし、オリーブオイル、クミン、塩で揉み込み、フライパンで焼く。
焼き色が付いたところで火を消し、いざ実食。初めてのサメのステーキ、とっても美味しかった。マグロのステーキに近いものを感じ、食べやすかった。そしてそれ以上に達成感がひとしおだった。
人からではなく自分で決めたことを、すぐ行動に起こしたことが自信につながったのだろう。サメのステーキ以外のメニューもチャレンジしたい。そして何よりの収穫は、ドラマを通じて自分の気持ちに気付くことができたことだ。
・料理と世界史が好きなこと
・穏やかな時間を過ごしたいこと
・会話のキャッチボールを楽しめる人が好きなこと
・ボキャブラリーが豊かで物知りな人が好きなこと etc...
改めて『À Table!〜歴史のレシピを作ってたべる〜』に巡り会えて本当に良かった。
代わりに泣いてくれた筍
週末は保育園からの友人夫婦の家に泊まりに行っていた。みんなで料理を作りあって、一緒に食べた。誰かのごはんを誰かと一緒に食べることが久しぶりで、この上ない幸せに包まれていた。
そういえば少し前に『晩餐ブルース』というドラマが放送されたことを思い出した。晩ご飯を食べる友達欲しいなあと思った記憶が蘇る。
夜はみんなでマリオパーティーをして、スターが全然取れないね、コンピュータのレベルを「達人」にしたら全然勝てないね、なんてたわいもない会話がうれしかった。
一人暮らしにも慣れ、一人時間の楽しみ方も見つけ、幸せに過ごしているものの、誰かと住むことに対して「いいな」と感じる自分が少し顔を出していた。1人の時間が好きだけど、どうでもいいことを誰かと話し合いたい。でもそうはいってもほどよく放っておいてほしい。そんな相反する気持ちが拮抗していた。
帰り際、実家で筍が取れたからあげるよと保冷バッグを持たせてくれた。筍そのもの以上に、私のために用意してくれたやさしさが沁みた。
その後も一緒に買い物をしたり、ご飯を食べたりし、今日は楽しかった!ありがとう!と手を振り合った。
1人で電車に揺られていたら、ふと寂しさが込み上げてきた。長い間、誰かと一緒にいたからきっとそのせいだろう、もしくは月に一度のイベント前のよくある不安定な時期のせいだろう。
そんな矢先、足元で冷たい何かを感じた。そう、筍を凍らせていた氷が溶け始めてしまっていたのだ。慌ててカバンからビニール袋を取り出したことでなんとか溢れずに済んだ。
かなり飛躍した考えかもしれないけれど、あぁ筍は私の代わりに泣いてくれたのかもしれないなと思った。ありがとう筍。
おかげで少し寂しさが和らいだ。
帰り道に鶏肉と野菜を買って帰ろう、そして筑前煮を作ろうと決めた。
ラーメンは愛と熱の味
今週のお題「ラーメン」
今週のテーマを今週のうちにと思い、勢いに任せて書きたいと思います。
「ラーメン」と聞くと何を思い浮かべますか?
朝からドライブに出かけた帰り道に、何かサクッと食べたいなと思ったところで現れる国道沿いのラーメンでしょうか。飲み会後にお腹がいっぱいなのにも関わらず、つい食べたくなる〆のラーメンをイメージする方もいるかもしれませんね。
私にとってラーメンとは風邪を引いた時のお供でした。幼い頃、高熱を出すといつも親にお願いし、食卓に並んでいたのが、インスタントの塩ラーメンでした。
風邪を引くと食欲が無くなるのではないか?と思われるかもしれませんが、そんなこともなく、むしろいつもより食べていた気がします。
人生を振り返ってみて、どんなにショッキングな出来事が起こったとしても、食欲を無くすことはなかったです。
塩ラーメンに話を戻します。
そこにはいつも必ず元気の源ニンニクのすりおろしが入っていました。鼻にツンとくる香りやクセになる風味、このニンニクこそが風邪の日にはたまらなくマッチするのです。おかげで翌日には熱が下がっていました。
大人になった今でも風邪を引くと、塩ラーメンを買っては、ニンニクをすりおろして食べています。その度に親の温かい愛を思い出します。
私にとってラーメンとは、大好きな食べ物である以上に、愛と熱の味なのです。
子どものような大人でありたい
今週のお題「大人だから」
※下書きを放置したため3ヶ月遅れで書きます。
1月13日は成人の日。
20歳の節目を祝う日本の行事ですよね。
毎年カラフルな袴や振袖をまとう若者たちが街を彩り、お花畑のようです。
成人式といえば、地域の体育館に集まり、代表の青年が全員の前で、成人の誓いを述べていた姿を思い出します。
「20歳を迎え、1人の大人として自覚と責任を持ち、何事にもチャレンジしていきます。」
そんなフレーズが印象的でした。
成人式から約10年を経た今。
ライフステージの変化などを理由に、環境を変えたら、新しいことチャレンジするのが億劫になっているように感じます。
子どもの頃に比べれば、門限もないし、好きな時に好きなことができる。就職をして、暮らすためのお金を得て、自由な暮らしを送っていると思います。
でも何故だかふと我に帰る時に物足りなさが残ります。まるで昨日の続きを繰り返し過ごすようなそんな感覚。
一方、成人式から10年前。
就職先がどうとか、給料や福利厚生はどうとか、いつ結婚したいとか先のことは考えず、将来の夢の欄に堂々と画家になりたい!芸能人にもなりたい!と書いていました。
子どもの頃はお金こそなかったものの、毎日が鮮やかで、将来を嘆くことなく、その場のワクワク感でたのしみながら生きていたように感じます。
もう一度今に戻ります。
今の私はこの頃の純粋な気持ちを忘れていたなとハッとしました。
失敗しないように、怒られないように生きていました。
だって失敗したら恥ずかしいし、怒られたら格好悪いから。
でもなんだか味気なくて、その刺激をSNSや映画のサブスク、ウインドウショッピングのような外的なところで満たす、そんな日々。
本当は自分の中に眠る感覚がきっとあって、誰しも蓋をしているんじゃないかなと思います。
本当はこうなりたい、こうしたい、こんなところに住みたい、こんな親孝行がしたいなどなど。
周りからどう思われるかではなく、どうありたいか。
成人式に向かう人々はまるで私に、色鮮やかな振袖や袴の色の数だけ自分らしい未来があるよと教えてくれているようで、もっと自分の願望に貪欲になっていいんだなと思わせてくれました。
今の私が子供の頃の私に会いに行ったときに、かっこいいじゃんとワクワクしてもらえるようなそんな大人になりたいと成人の日に思います。
オートミールという名の新時代到来
今週のお題「お米買えた?」
お米が姿を消してから数週間。
ちょうど夏だからきっとバケーション中であろうお米に想いを馳せる日々です。今頃サングラスをかけて海辺でトロピカルジュースを飲みながら日光浴してるかな?と妄想が捗ります。
そんな妄想はさておき、今日本ではお米不足が続いています。白米をおかずに白米を食べるほどにお米が大好きな私にとっては胸が痛いニュースです。
でもないものは仕方がない、何か代案を探さねばと思っていた矢先に、その出会いはありました。その名も「オートミール」です。
以前からオートミールの存在は認知していて、食物繊維が豊富で、お米の置き換えとして食べられているという情報を頭の奥底から引っ張り出して、買ってみることにしました。
パッケージの裏面に「オススメの食べ方♪」が載っていて、早速レシピ通りにお粥を作ってみることにしました。
大さじ5杯のオートミールにお水180mlを入れ、白だしを加えて電子レンジで加熱するという手軽さ。忙しない朝にはありがたかったです。
静寂を切り裂く「チン♪」が鳴り響きました。
鍋つかみが必要なくらい温まり切ったお椀を取り出し、いざ実食。
「ん!美味しい...美味しい...!」
まるでお米のような風味や食感に感動し、それでいて軽やかなので、スルスルとスプーンを滑らせました。白だしのやさしさが効いていて、気付けばお椀は空っぽ。
初めてのオートミールデビューは成功を収めました。
それから毎朝オートミール生活を送っています。でも時々お米が恋しくなっては、閉店間際のスーパーで手に入れたパックライスを食べています。
「大切なものは失ってから気付く」というセリフをよく聞きますが、今回がまさにそれでした。
ずっと当たり前のようにそばにあると思っていたのに、ある日突然いなくなり、その瞬間に初めて存在の重要性に気付く。それはお米も大切や人もモノも。
今回のお米不足は、その教訓を改めて感じるためのきっかけになりました。とはいえお米が大好きな私にとって、この状況が少しでも早く収束するように祈りを捧げながら、今日も新たなオートミールレシピ作りに勤しもうと思います。
ロイヤルホストモーニングはオアシス
先日初めて巷で話題のロイヤルホストモーニングデビューをした。実に映えある初めて記念日だ。
数多くのSNS投稿を目にし、ドラマのシーンにも登場し、ずっと気になっていたものの、なかなか行くきっかけを掴めずにいた。
そんなある日、朝目が覚めた。その日は朝イチで訪問の予定があった。そしてひらめいた。確かあの駅にロイヤルホストがあったなと。
思い立ったが吉日。普段は起きてダラダラしてしまいがちなのに、ロイヤルホストの7文字を頼りに猛スピードで支度をした。ひょっとすると光の速さより速かったかもしれない。
駅まで歩く道が輝いて見えて、空気が美味しく感じられて、足並みも軽やかだった。楽しみなことがあるとこんなにも日々が彩られるのだと感心した。
目的の駅に到着し、ロイヤルホストへと向かった。ここ最近Googleマップと波長が合わず、真反対に歩き始めてしまったが、そんなことも気にならないくらい、心はご機嫌だった。
そして辿り着いた。看板のオレンジはまるで太陽に見えた。
お店に入ると、紳士的な雰囲気を纏う店員さんが席に案内してくれた。
ふかふかの赤いソファー、広々としたテーブル、コーヒーとパンの混ざり合う幸せな香り。
このうえない幸せだった。
モーニングメニューを眺めながら、モーニングプレート(スクランブルエッグ)を注文した。
待っている間に飲み物を準備しようとドリンクバーへ向かった。ドリンクバーってどうしてこんなに私を幸せにさせるのだろう。ロイヤルホストのドリップコーヒーとオレンジジュースを注いで、席へと戻り、懐かしい気持ちになった。
なぜかというと、学生の頃に留学していたスペインで、朝ごはんにコーヒーと果汁を絞ったオレンジジュースをよく飲んでいたからだ。これはスペインの朝の習慣らしく、8年経った今でもそのルーティンが体に染み込んでいることがなんだかうれしかった。
思い出に浸っていたら、お待ちかねのプレートが運ばれてきた。こんがり焼けたトーストとふわふわのスクランブルエッグ。美しい湾曲を描くソーセージ。目にやさしい野菜の緑。幸せを具現化するならこれだなと思った。
普段朝ごはんにお米ばかり食べているからか、久しぶりのパンが五臓六腑に沁みた。一口目はそのまま、二口目はバターを塗った。我が胃とバターの感動的再会を見守った。
食べ終えると紳士的な店員さんがやって来て、飲み物のおかわりは自由ですからね!思う存分飲んでってください!と声をかけにきてくれた。やはりロイヤルだ。
食べ終えてまだ少し時間があったので、久しぶりに読書をした。活字を読む行為は心の余裕がある時にしかできなくて、なかなか時間を割けなかったものの、触れるとやっぱり心地よい。
日々タイムパフォーマンスや時短が謳われる中で、ほっと一息つけるこの時間はこの上なく尊いものだと思えて、これからも積極的にそんな時間を作っていきたいと思ったそんな朝だった。
焼きそばとシャケ
今日の晩ご飯は何にしようかと、脳内に自宅の冷蔵庫の中身をインプットしながら考えた。
そういえば、鍋用に買った豚肉とキャベツともやしが余っていたと思い、帰り道のスーパーで焼きそばの麺を買った。
【3袋100円】
一人暮らし民にはありがたい数字だった。
帰ってフライパンに火をかけ、油をひき、冷蔵庫で私の帰りを待っているであろうメンバーたちを炒めた。
さっき買った麺を投入し、水を少し加えてほぐしながら、付属の粉末をパラパラとかけていく。
この粉末をかけると、どうしてこんなにも美味しくなるのだろうといつも思う。秘密のパウダーなのだろうか。
出来上がった焼きそばをお皿に盛り付け、かつお節をふった。するとかつお節は熱気をまとい、まるでフラダンスかのように踊っているように見えた。
焼きそばを作り終えた後、朝作っておいた、お味噌汁を温めた。一人暮らしをして一年半が経つが、初めてちゃんとしたお味噌汁を作った。
「いただきます」と誰もいない部屋で手を合わせて呟き、焼きそばを一口啜った。
すると、頭の中にお皿に盛られた鮭の塩焼きが浮かんだ。そういえばそうだった。我が家では母が焼きそばを作るときは、いつもきまって鮭の塩焼きが出てきた。あとお茶碗にもらえた山盛りのご飯も一緒に。
何でいつもその組み合わせなの?と聞いては、
「魚は体に良いからね」と母は答えていた。
その度に私は「焼きそばは炭水化物で、ご飯も炭水化物だから、ご飯は明日の朝に食べるね」と言った。
母にとって私はいくつ歳をとっても子供なのだろう。いつまでも私が食べ盛りの中学生のままの胃袋だと思っているらしい。
そんな懐かしい思い出を回顧しながら、焼きそばを食べていたら、そんな暖かい光景を思い出し、目頭がジーンと熱くなった。
今度実家に帰ったら、お母さんの作る焼きそばが食べたいな、もちろん鮭の塩焼きも一緒に。
その時はご飯も大盛り食べるね。
あと、私お味噌汁作れるようになったんだよ。ちゃんとかつお節から出汁をとって、わかめ、油揚げ、ネギを入れて作ったんだ。
増えるわかめって少し入れただけなのに、あんなに増えるんだね、作るまで知らなかった。
そんなことを心の中で唱えながら、いつもより少ししょっぱい焼きそばを食べた。